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10年夢blog 第2回 [GBA作品(小説)]

10年夢blog 第2回

「風が吹けば桶屋が儲かる、って話くらい知ってるだろうに」
 アメリカンコーヒーの入ったカップを置きつつ猛は言う。夢と現実の話をすれば、猛がいつもこう返してくることは予想していたし、予想を裏切られたこともなかった。でもどうしても俺はこんなときには彼に話さねば気が済まない。
 猛とは大学時代に同じ吹奏楽部で4年間過ごした仲である。過去形はいかんな、今でもちょくちょく会っている仲だ。
 大学を出て念願の企業に就職できたもののどういう訳か俺は3年で首になった。現代日本語では一言リストラと言えば理由を説明したことになってしまう類のものだった。リストラのリの字には派閥争いとか厄介払いとかそんなものが濃縮されて詰まっていたのだろう。
 何にせよ会社からゴミ扱いされたグループに俺は含まれた。勿論会社にはリサイクルの意志はない。
 それから紆余曲折を経て俺は今の仕事場で編集者兼カメラマンその実雑用係をしているが、正社員ではない。
 単純な給与の問題もあるし、年齢に比しての世間体の問題もある。何より今の立場は居心地が悪い。でも変わらない日常。変われない日常。
 少しでも変われるきっかけがつかみたくて、そして色々な意味で引きこもってしまわないように。俺は一度仕事を失った日から、休日は旧友に会うことが多くなった。しかもできるだけ多くの人物に。でもこの街を離れたり、家族ができて時間に余裕が無くなったり、あるいは俺のような奴にいい加減愛想を尽かしたりというのもあるかもしれないな、ともかくそんな理由から、会える旧友も減っていった。
 そんな中、猛は家庭を持った今でも都合をつけてくれる。過度の他者依存が己のためにならないことくらいは俺だって分かってはいるが、それでもどこかで頼りたい時はある。
「この前お前は『赤湯駅からさくらんぼ東根駅まで線路の上を延々新幹線つばさに追いかけられる夢を見た』と言ってた。それで報告書の〆切を思い出した、同じことだろうが。スタートダッシュが遅いだけで、夢を見ようが見まいが結果は同じだろ。そんな自分の癖がどこかで夢に出たのを、行動が遅い言い訳にしているだけ」
 猛の遠慮のない返答は、文学部心理学科を出たということをひけらかすこともなく、率直に思いついたことを言ってきたもの。時にぐさっと来るときもあれど、そして時にあわや殴り合いにもなれど、結局はこのような言葉を聞きたいだけなのかもしれない。
 腐れ縁の腐敗は進んでいる。だから時々ガスもよく出る。でもガスを有効利用しつつ続いている。
「こんな会話を交わし続けて何年くらいだったっけ」
「もう10年くらいになるんじゃないの」
 なんだい藪から棒に、と落語のように聞いてはこなかった。大学卒業後以来そんな数字が積み重なってきたのだ。それを当たり前のように返しただけなのだ。
「ともかく夢のことでビクビクするくらいならほかのことしろ、時間が勿体ないだろ」
「確かにお前は俺が一のことについてあれこれ考えている間に十のことをやっている。成功するかはともかく。しかしその『他のこと』が見えなくなってきた。夢は見るのに」
 話は重いが第三者的には情けない方向へ。
「それは寝て見る方の夢か、起きて見る方の夢か」
「両方だ」
「見るのは自由だし見た方がいい。でも見る以外の行動はどうした」
「お前のように日々することが多い人間にはまだ至っていないんだ」
 そう言うと猛は、ケッいじけたこと言うなこいつなどと昔のようには言わず、むしろだらしのない方向へ表情を崩しながら答えようとした。あー、あの話しに持っていこうとしているなこの男、とこちらが思ったと同時に猛は言う。
「いやー最近ますます手がかかっちゃってさー」
 そして今日も生後半年を迎えた愛娘の話になった。大体ここしばらくは前半に俺が夢絡みの愚痴を言って猛に説教され、後半は彼の娘自慢になる。あと時々ロスタイムもあるが。
 そういえば今年の正月も「子供が生まれました」と写真付きの年賀を随分もらったな。本来俺の年齢はそんな歳なんだよな。こいつもそうなんだよな。自分も子供ができたらこうなるのかな。いつかは知らないけど。
 それはともかく、今日も俺は写真を見せられる。いや、確かに可愛いのだけどさ。でもいつもと違ってアルバムの代わりに携帯電話を見せてきた。
「育児日記を始めたのだ。ほら携帯でも美しさは損なわれません」
 フムつまりあれですかblogというやつですか。ナレーション:新関猛で語られる画面には、一日一日娘さんのかわいいけど意外とコメントに困る姿が続いていた。脇には赤ちゃん言葉での説明文が踊っている。書いたのは目の前の三十路男か。奥さんか。後者であった方がいいのだが。
 店内のBGMはジミー・スミス・トリオの「マック・ザ・ナイフ」になっていた。娘自慢の途中から付き合いきれなくなっていた俺は、この曲が入っているアルバムは “Crazy! Baby”だっかなと考えつつ話を聞いていた。ああ、確かに目の前にいる男はベイビーに対してクレイジーな親バカだ。俺とこいつは卒業してから10年の付き合いだとさっき確認したが、多分こいつは10年後もこの日記をつけ続けるのだろう。
 そうやっているうちに時間が経った。そろそろお互い帰宅の時間だ。
「というわけでお前も子供作るなりもっとやること見つけて頑張れ」
 どういうわけだか無茶苦茶な理屈だが多分それ以外の言葉は今の彼から出てこないだろうなとも思う。でも何となくホッとしたようなしないような。少なくとも検定試験を逃したショックはしばらく忘れることができたのだから。
 さて猛が愛娘の世界からこちらに戻ってくる間に俺が伝票を取ったその時だった。
「…!」
 何かを思いついたような猛は、彼らしく唐突に言った。
「お前もやってみたら?blog」
 今日のロスタイムはちょっと毛色が違ったようだ。

(続く)


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